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2022年3月20日 (日)

扇田昭彦(朝日新聞)。一時期、文芸担当だったときに、タイミングよく演劇人が直木賞受賞。

 たいていの新聞には、話題の人や時の人のインタビューが、顔写真つきで載る囲み記事があります。

 直木賞ではなくて、もうひとつの賞のことですけど、受賞者がこの欄にあまり取り上げられなくなった、という時期がありました。昭和後期から平成はじめの頃です。それを根拠に、いやあアノ賞はもはやオワコンだね、などと冷やかす人もいた、というのですから、当時の文壇における新聞の評価っつうのは異様に高かったんだな、と思います。そういう不健全な状態が崩れてくれて、ほんとよかったです。

 それはさておき、直木賞の場合も、受賞者が紹介される例はけっこうあります。各紙、それぞれの時代でどの受賞者を取り上げてきたか。全部調べるのも面白いと思うんですけど、労が多いわりに益が少なすぎて、まだ調べていません。すみません。

 誰が取り上げられてきたかも、たしかに重要です。だけじゃなく、誰がインタビューして記事を書いたのか、というのも同じくらい大切です。日頃かげに隠れている「直木賞を裏で支えてきた」文芸記者が、うっかりオモテに出てくるからです。

 『朝日新聞』で言うと、「ひと」欄というのがあります。かつては無署名でしたが、途中から(〓)と、主に氏名の一字をとった疑似イニシャル署名が使われるようになりました。たとえば(目)といえば百目鬼恭三郎さん、というふうな記法ですね。そこからさらに、記者のフルネームが末尾に入るようになったのは、おおよそ昭和55年/1980年頃からのようで、直木賞を受賞した向田邦子さんの「ひと」欄を仕上げたのが、学芸部の由里幸子さんだということがわかります。

 そしてこの時期、直木賞の受賞者を「ひと」欄で担当した『朝日』の学芸記者がもうひとりいました。扇田昭彦さんです。

 まあ、扇田さんの仕事を振り返って「文芸記者」だったと言う人はいないでしょう。ただ、演劇にどっぷり浸かった扇田さんも、5年ほど学芸部員として文芸を担当させられた時期があります。

 ひるがえってみれば扇田さんも、直木賞とはよほど縁のある人です。扇田さんもというか、現代演劇そのものが直木賞を盛り上げた時代がある、というハナシでしょうけど、直木賞はつくられた当初から劇作の世界と地つづきですから、「大衆小説界」だの「演劇界」だのと区分けするほうが頭がおかしいのかもしれません。

 川口松太郎さんから始まって、長谷川伸さん中心の「新鷹会」メンバーやら、戸板康二さんやら、安藤鶴夫さんやら、その名を聞くだけでパッと演劇が思い浮かぶ個性が散らばっているのが、直木賞の歴史です。その伝統のなかに、1980年代にちょっと「文芸記者」仕事をやらされた扇田さんも位置づけられる、というわけです。

 なかでも直木賞の選考対象になった作家のうち、扇田さんが肩入れした演劇人といえば、井上ひさしさんとつかこうへいさん、この2人が挙げられます。

 井上さんについては、扇田さん学芸部に配属されて2年目の昭和44年/1969年、「日本人のへそ」を観て以来、これは面白い劇作家が現われたぞと興奮し、翌年インタビューを敢行、「喜劇作家 井上ひさしの横顔」という記事を『朝日』に載せたのが扇田さんだったそうです。そこから「新劇」岸田戯曲賞の受賞(昭和47年/1972年決定)とか、直木賞の受賞(同年決定)とかを経て、昭和55年/1980年から『朝日』で「文芸時評」を書いてもらうことになって、扇田さんは担当記者として井上邸に日参。つまり、直木賞やら何やらかんやらそれに付随した井上さん大飛躍の時期に、扇田さんは演劇記者・文芸記者としてびっちり貼りついていました。

 それからまもなく。文芸担当になった扇田さんにとびきりの直木賞ニュースが舞い込んできます。つかこうへいさんの受賞です。

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2022年3月13日 (日)

内藤麻里子(毎日新聞)。2000年代・2010年代の直木賞会見場にいた「二大巨頭」のひとり。

 先週は、ちょっと強引に大上朝美さん(朝日新聞)を取り上げました。今週はこの流れで、もうひとりワタクシが個人的に思い入れのある「直木賞」文芸記者に行ってみます。『毎日新聞』内藤麻里子さんです。

 いやまあ、思い入れ、というほど深いものじゃありません。思い入れというより、淡い思い出です。

 「直木賞のすべて」を開設したのが平成12年/2000年のことです。以来、ど素人という制約のなかで、できるだけ直木賞のことを知ろうと七転八倒し、いまもしていますが、途中の第144回(平成22年/2010年・下半期)から受賞者の会見が生中継されることになって、一気に「発表とその会見」が身近なものになりました。

 すると当然、あれはどういう場所でどういうふうに行われているんだろう、と興味が沸くわけですから、よーし何とかモグり込んじゃえ、と相当無理して現場に足を運ぶようになります。

 もちろんインターネット越しの中継を見ていればいいだけのハナシで、わざわざその場に行く必要はありません。しかし、たいてい後ろの角度から座った姿しか映されずに、「数多くいる群衆のなかのひとり」としかとらえられない記者たちを、自分なりの視線で注目することができます。取材に向かう、やる気のある顔や淡々とした表情、積極的に手をあげるヤツや、死んだような目で座っているだけのヤツ、などなどその光景を見るのは新鮮でした。これもまた、直木賞を形づくっている重要な一現象です。

 それで、直近の2010年代、あの現場でとくに熱心に質問をしていた記者となると、ぐっと数が絞られます。以前、『読売新聞』川村律文さんについて触れましたけど、『読売』は村田雅幸さんや鵜飼哲夫さんも毎回のように手をあげ、しぼり出したような、ひねり出したような、苦しい質問を飽くことなく続けていました。そしていまひとり、直木賞の受賞者に質問する時間がくると、まずかならずマイクを握っていたのが『毎日新聞』の内藤さんです。

 「無理やりひねり出したような質問」ということでは、他の記者とあまり印象は変わりません。しかし言葉の端々から伝わったのは、「絶対に、わははとお茶を濁して終わるような、おチャラケな会見にはするまい」とする強い意思です。そこが、そのころワタクシが勝手に「直木賞会見の二大巨頭」と呼んでいた鵜飼さんと内藤さんの、いちばんの違いでしょう。

 言葉を変えて言えば、まじめというんでしょうか。正統というんでしょうか。イジ悪く変化球を投げてみたり、はたまたいかにも評論家きどりで批判めいた切り口でせまったり、そういうところが内藤さんにはありません。文芸記者道のどまんなかを邁進して、毎回毎回、受賞決定と選考経過を報じる記事を積み上げる、安心・安定の仕事ぶり。こういう人が、文芸記者の王道というのだろうな、といつも遠目で感嘆しながら眺めていました。

 と同時に、内藤さんが文芸記者として活躍した2000年代、2010年代は、新聞メディアもネットのなかに飲みこまれた時代で、内藤さんによる直木賞に関する記事を、『毎日新聞』をとっていなくてもしばしば目にしました。そういうのを読んでいると、あまりに性格がいいからなのか、ちょっと直木賞に向けるまなざしがヌルいのではないか、と思わなかったわけではありません。

 たとえば、こんな記事があります。当時、ネットに挙がっていたかは覚えていませんが、いかにも内藤麻里子ブシ、といった観があります。直木賞・他一賞を解説したものです。

「Q 新しく選考委員が加わったと聞いたのですが。

A (引用者中略)直木賞は北方謙三、林真理子、宮城谷昌光の3氏が加わり11人になりました。(引用者中略)直木賞の北方さんはミステリー、林さんは恋愛小説、宮城谷さんは歴史小説とそれぞれの分野のベストセラー作家で、最近のミステリーの隆盛に対応できるようにするなど、今までにカバーしきれなかったジャンルの充実を図ったとみられます。いずれにしても両賞ともに年齢的に若い世代が加わり、新しい時代が始まったといえそうです。」(『毎日新聞』平成12年/2000年7月6日「ニュースがわかるQ&A NIE 芥川賞と直木賞 選考委員に若手加え幅広く」より ―署名:学芸部・内藤麻里子)

 選考委員の顔ぶれが多少変わっても、なかなか新しい時代が始まらないのが、直木賞のよさなのでは。とワタクシなどは思うんですけど、こういう賞の動きを否定的にとらえず、前向きに解釈してみせる。やはりプロの文芸記者にはかないませんね。

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2022年3月 6日 (日)

大上朝美(朝日新聞)。けっきょく文学賞は「運」に左右されることを確信した記者。

 もはや「直木賞×文芸記者」のネタも尽きてきました。書けることがなく、いよいよ困ったので、今週は自分の思い出バナシでお茶を濁したいと思います。安易ですね。すみません。

 平成3年/1991年、まだワタクシが直木賞に興味もなく、平穏に過ごしていた頃のことです。『朝日新聞』で連載された筒井康隆さんの「朝のガスパール」を、毎日欠かさずチェックし、また連載途中に出た『電脳筒井線』(平成4年/1992年1月・朝日新聞社刊)などを読んで楽しんでいたんですけど、読み進めるうちに膨大な量の関連情報がまわりを流れていく、というかなり変わったタイプの小説だったので、これをきっかけに筒井さんにまつわる多くの人たちの名前を知ることになります。そのひとりが、この連載を担当した『朝日新聞』の記者、大上朝美さんです。

 なるほど、新聞連載は学芸部というところに属する社員が担当するんだなあ、と社会の仕組みがよくわからないながらも、おぼろげに思った記憶があります。ワタクシにとって、生まれて初めて知った文芸記者の名前、それが大上さんだったかもしれません。

 ちょうど連載の始まった年、筒井さんの『幾たびもDIARY』(平成3年/1991年9月・中央公論社刊)が出ていたので、これも買って読んだところ、たまたまそこにも大上さんの名前が出てきます。宮本輝さんが朝日新聞に連載した「ドナウの旅人」のために取材旅行に出かけたときのことをまとめた『異国の窓から』(昭和63年/1988年1月・光文社刊)という本のことを紹介するくだりです。

「著者に随行する一行の中で、朝日新聞の女性記者・大上朝美さんが面白い。宮本さんと、この女性が喧嘩ばかりしているのだ。

大阪本社学芸部のこの大上さんは、神戸のわが家にも来たことがある。実は前記した直木賞落選の夜、受賞した場合の取材に来ていたのだった。結果、落選となり、大上さんは悪いと思ったのか、おれにエッセイを頼んで帰った。(引用者中略)

註・この稿が『マリ・クレール』誌に掲載されたあと、当の大上朝美さんから手紙がきて、事実誤認があることを教えていただいた。直木賞落選の夜わが家に来たのは朝日新聞の別の女性記者であり、大上朝美さんが来たのは別件(新聞連載小説の打診)であったらしい。」(『幾たびもDIARY』、「一九八八年」「二月十八日(木)」の項より)

 ほほう、直木賞では選考会の夜、当落のわからない段階で新聞記者が候補者の家にわざわざ取材に行くものなのか。と、直木賞に対する興味がワタクシのなかでむくむくと芽生え、同時に大上さんってどんな仕事をしてきた記者なのか、さかのぼって調べるようになったわけです。……というのは、さすがにウソです。

 ウソはウソなんですけど、よくよく直木賞を追ってみると、平成の一時期、直木賞の受賞記事を大上さんが『朝日』に書いていたのもたしかです。昭和59年/1984年に大上さんが担当した「明るい悩み相談室」から一気に有名になった(?)中島らもさんが、まさかのちのち直木賞の候補者になってしまう、という強運ももっています。

 いや、簡単に「運」とか言っちゃいけませんよね。中島さんの才能に早い段階で気づいた大上さんを褒め称えなきゃいけないんでしょう。

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2022年2月27日 (日)

千葉亀雄(時事新報、など)。新聞人と文芸人を両立させた社会部長。

 直木賞はもともと雑誌ジャーナリズムの発想でできています。言い換えると、菊池寛さんや佐佐木茂索さんのメディア感覚が出発点、というハナシになるんでしょうけど、二人に共通しているのは、新聞ジャーナリズムの世界を体験していることです。そのためか、直木賞のまわりには、大正期の新聞文芸やら文芸記者の名前やらがチラチラと目につきます。

 たとえば、その代表格が千葉亀雄さんです。

 大衆文芸における千葉さんの功績は――ということは、おのずと直木賞における千葉さんの功績とも重なりますが――あまりに言わずもがなすぎて、いちいち繰り返す気にもなれません。「大衆文芸」というワケのわからない文学運動を、定期的な懸賞募集をつづけることで、ひとつのかたちある筋道を立て、その入選者が職業作家としてお金を稼げるに至る、という意味での新人発掘を実現させた。まあ、偉人中の偉人です。

 新聞の世界においても、明治後半から大正にかけて、いくつかの新聞を転々としながらグイグイと活躍の足跡を残しました。直木賞に直結しているのは、『東日・大毎』時代の、いわば大衆文芸勃興期の業績ですが、そこからさかのぼって見ても、千葉さんの仕事ぶりは直木賞に通じるものが少なくありません。

 『東日・大毎』に来るまえ、千葉さんが勤めていたのは『読売新聞』です。大正8年/1919年、もうそろそろおれも筆一本でやっていこうかなあ、と思っていたところ、大庭柯公さんに乞われて『時事新報』から『読売』に移籍。社会部長でありながら文芸部長兼任という役目を担って大正中期・後期の文芸界を、新聞というマスコミで取り扱います。

 この時期の文芸で、ひとつ大きな波があったとすると、職業化していく作家たち、という流れが挙げられます。文学は芸術である。とともに売れる商品でもある。大衆受けする文学、というやつを出版人も新聞人も意識せざるをえなくなった、そんな時代です。

 ここで『読売』の文芸欄を任された男一匹、千葉亀雄。どんな手を打ったんでしょうか。

 商品価値からすれば、名の知れた大家やスターに書かせるのが常道だろうね。だけど、おれは何と言われようと無名の書き手を使うんだ、と頑張ったというのです。

「或る新聞の文藝欄を受持つて編輯して居た頃の私は、訳があつてあまり知名でない人々の論文や感想を度々掲げた。無名な筆者なら原稿料が安くて済み、それだけ幹部の顔を好くされるなんて、そんな欲得づくの遠慮でも何でも無かつた。

(引用者中略)

新聞の文藝欄は投書欄ぢやないんだぞ、それも解つてゐる。売り物には花をかざれた。大衆を呼び込むには中味より容れ物が肝心、無名氏で文藝欄を飾るなどはおよそ現代商品新聞製作術とかけ離れた骨頂だ! それ位が解らぬ私ではない。が、その二つの領域を侵さぬ範囲で、未知名氏の発見を心掛けた私の味噌は、それでも、あまりに素人だつたかな。たとへ、素人であらうと、私は未だに、その信念を撤回する気にはならない。

(引用者中略)

発見の出来ないのは、熱意と方法の欠陥による。」(昭和10年/1935年9月・岡倉書房刊、千葉亀雄・著『ペン縦横』所収「既成と未知名作家」より)

 最後の一文が利いていますね。これぞという書き手がなかなか現われないだの、名もないやつに書かせたって商売にならんだの、不平不満は誰にでも言えます。おそらく大正期もたくさんいたでしょう。そういう連中に、ズバッと言い放つこの一文。しびれます。

 けっきょく『読売』のあとも、千葉さんは『東京日日』の顧問となって、『サンデー毎日』史上もっとも光り輝いた企画「大衆文芸懸賞」の選を引き受けます。そこで見出された作家は数知れず。熱意と方法の勝利、と言うほかありません。

 ちなみに、昭和9年/1934年に直木三十五さんが亡くなって、この年、直木賞の企画ができあがりますが、さすがに千葉さんの関与はなかったと思います。始めた頃は、もうひとつの文学賞のかげに隠れたまま、まじめな文学者たちからは黙殺され、言うほど「売り物」にはなりませんでした。だけど、既成のものを嫌い、手あかのついていない書き手を発掘しようという方向が間違いではなかった、と創設から年を経るごとに明らかになっていきます。「熱意」はどうかは知りませんけど、文学賞を利用するという「方法」をとったのは、文藝春秋社の手柄です。

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2022年2月20日 (日)

中田浩二(読売新聞)。同時期に候補になった作家たちと、のちに一緒に仕事した文芸記者。

 歴史的にみて直木賞は、候補のなかにプロ作家とアマチュア作家が入り乱れていた頃がいちばん面白い。というのは、完全にワタクシの主観です。

 そもそも近年では、すでに何作も(何十作も)商業作品を書いている純プロ・半プロ作家ばかりがズラッと候補に並びます。そこから選ばれるだけなんちゅう、泡の抜けたような選考を見て、いったい何が面白いんでしょうか。

 いや、それはそれでムチャクチャ面白いんですけど、そこに2人、3人と、手あかの付いていないピカピカの無名作家が混じっていれば、グッと直木賞も引き締まって最高なのになあ、と惜しまれます。もはやそんな時代が戻ってくることはないでしょう。すみません、ないものねだりの戯れ言です。

 こうなると、最高の直木賞を感じるには昔を掘り起こすしかありません。

 第57回(昭和42年/1967年・上半期)などは、候補者の名前を見るだけで、有名人から無名人までよりどりみどり。一人ひとりの作家活動を調べていくだけでも、一生かかるんじゃないか、っていうぐらいに豊潤です。

 そのなかに「ホタルの里」(『三田文学』昭和42年/1967年1月号)で候補になった中田浩作さんが混ざっています。これが初めての候補で、以後何冊か本を出しましたが、けっきょく小説家としてはプロになれなかった一人です。

 「ホタルの里」は、宮城県の北部にある辺地分校を舞台にしています。語り手は、将来の昇給のためにあえて辺地校への赴任を望んだ30歳すぎの教師、久我敬一。まわりに山と田園しかないド田舎の学校には、たった一人、老教師の津田林平が勤めています。津田は長年、辺地ばかりを渡り歩いてきた教師で、いまはホタルの人工孵化の研究に熱心に取り組んでいるのですが、いっしょに住んでいる妻のマサの様子や、仙台の大学に通うひとり娘英子の言葉などから、次第に津田をめぐる背景が見えてきて……というおハナシです。

 直木賞の選考では、石坂洋次郎さんと源氏鶏太さんがけっこう高評価をくだしたようです。とくにこの回に委員になったばかりの石坂さんが、早くもその自由奔放さを発揮しています。

「私は今期からはじめて直木賞の審査員を仰せつかった。私はほかの文学賞の審査員もやっているが、直木賞の予選通過作品が手もとにまわって来て、ちょっと面くらったのは、量と質の関係である。具体的に言うと、単行本が三冊、雑誌の切り抜きが六部、計九篇で候補作品として送られて来たのであるが、そうなると、どうしても量にこだわる気持になりやすい。少し迷ったあげく、量にこだわらず、読んで自分がひかれた作品をひろい上げることにした。じっさいの審査会に出席してみると各審査員とも、質本位で作品を選んでいることが分ってホッとした。

さて、私は九篇の候補作品の中から、十点が満点で、中田浩作「ホタルの里」(三田文学一月号)、平井信作の「生柿吾三郎の税金闘争」(現代人・12)生島治郎「追いつめる」(光文社刊)の三篇に八点をつけ、この中から審査で選んでもらいたい気持で出席した。」(『オール讀物』昭和42年/1967年10月号 石坂洋次郎「はじめて審査に参加して」より)

 生島治郎さんの『追いつめる』のどこが気に入ったのか、くわしくはわからないんですけど、いっしょに挙げた中田さんと平井さんは、明らかに石坂さん本人と縁があります。中田さんは同じ慶應の出身で、「ホタルの里」の載った『三田文学』には、石坂さんも「私のひとり言(VI) 菊池寛賞をいただく」を寄稿していて親近の情があったでしょうし、平井さんは同郷青森の人。自分に近しい人や、青森に関係する人、学校教師を描いた作品が候補になると、やたらとエコひいきする、というのがのちのち明らかになる石坂さん流の「情実だらけの直木賞選考」です。ここは思わず笑っちゃうところでしょう。

 その中田浩作さんは、本名・中田浩二。慶應義塾大学の国文科を卒業して、読売新聞に入ってまもない現役の記者でした。世代としては、以前取り上げた高野昭さんより少し後に当たり、ちょうどこれから文化部の記者として、連載小説を受け持ったり企画を立てたりする、そのための修業時代、といった頃でしょう。ここで本人が直木賞なんかとっていたら、大きく運命も変わっていたはずですが、候補に挙がっただけで十分だ、と思ったのか、中田さんはプロ作家になるようなそぶりを見せず、文芸記者の道を選びます。

 中田さんが候補になった前後の直木賞は、その歴史に華やかな光を当てたプロの作家たちがぞくぞくと受賞した頃です。生島さんは当然のこと、第55回の立原正秋さん、第56回の五木寛之さん、第58回の野坂昭如さんと三好徹さん。名前を並べるだけでもわかります。血気盛んなウルセエ連中ばっかりです。

 こういう人たちと、作家と記者の関係を崩さずに付き合いつづけて、新聞の文芸を上手に盛り立てたのですから、中田さんの苦労がしのばれます。

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2022年2月13日 (日)

菊池寛(時事新報)。文学の話題は社会的なニュースの一部である。そんな環境で育った人。

 先週、『東京朝日新聞』の新延修三さんを取り上げました。そのまま、ついでに菊池寛さんのことに触れておきたいと思います。

 いや、「ついで」で触れるような人じゃなかったですね。失礼しました。

 「直木賞を支えた文芸記者」をテーマにするなら、本来、佐佐木茂索さんと、この菊池さんの『時事新報』での記者生活をもっと重点的に語らなきゃいけません。直木賞(と芥川賞)が、どうしてこんなに新聞や文芸記者と相性がいいのか。いまのいままで文芸記者とズブズブなのか。それは、賞をつくったのが、記者上がりの人たちだったからです。

 菊池さんは作家のなかでも有名な部類なので、履歴やエピソードはいくらでも出てきます。くわしくは、そちらを調べてもらえればいいんですが、『時事新報』に入社したのが大正5年/1916年10月。京都帝大を卒業して上京後、友人の成瀬正一さんのツテのなかから紹介されて、記者となります。在社のあいだ、まじめに働きながらポツポツと作品を書いていたところ、例の「中央公論の滝田樗陰(から命を受けた)人力車が家にやってくる」という感激の経験をして、同誌に「無名作家の日記」「忠直卿行状記」を発表。文壇でも注目され、筆一本での生活に光が見えたのを確認して、『時事新報』を退社しました。それが大正8年/1919年4月、記者生活を送ったのは2年半だった、ということです。

 所属したのは「社会部」ということになっています。菊池さんも、記者時代の回想の多くは、だれからに取材しに会いに行く「訪問記者」としての姿を書いています。ただ、新聞の歴史を見れば、文芸欄も学芸欄も、もとは社会欄から分化したようなものです。

 なにしろ、当時の『時事』社会部長は千葉亀雄さんで、自身、海外文学の研究や文芸評論をしていた人です。菊池さんも文壇の話題を取材したり、記事に書いたりしていた、と言われています。

 新聞のなかでの「文芸」は、もとをたどると社会面の記事やら、三面の雑報から分かれて独立していった。だから社会部が文芸の話題を扱っても不思議じゃない時代があった。……というのは、けっこう見逃せないハナシです。文学を社会的な事件をしたのは、文学賞(とくに戦後の芥川賞)だった、と言われたりしますけど、明治から大正にかけては、文学が社会的なニュースなのは当たり前だった、と言ってもいいからです。

 菊池さんはそんな時代に社会部の記者をしていました。『時事新報目録 文芸篇 大正期』(平成16年/2004年12月・八木書店刊)をまとめた池内輝雄さんの「「時事新報」断章」では、「大正期の編集者・記者」のひとりとして、菊池さんにスポットが当てられています。

「千葉(引用者注:亀雄)によれば、菊池は編集会議で、社会面の一部に短い社会批評を毎日掲載することを提案したという。社会面だけでなく、大正期文芸欄にはコラムに類する短批評が頻繁に載せられ、これが「時事新報」の特色ともなっていく。菊池の提案が実行されたのかもしれない。

また、菊池は「記事の早いのと、要点をぴしりと握む記事の製作にはたしかに類を抜いて居」り、社会面に「利根川紀行」(「利根川の旅」)を書き、「友人として久米さんに対する友情」を貫き、「松岡さんが筆子さんと結婚する記事を思ひ切つて書いた」ともいう。」(『時事新報目録 文芸篇 大正期』所収 池内輝雄「「時事新報」断章」より)

 基本、記事の多くは無署名です。だれが何を書いたのかはわかりません。それでも池内さんは千葉さんや菊池さんの回想から推測して、菊池記者が書いたであろう「文芸に関する記事」を列挙してくれています。助かります。

 たとえば「湯浅君と同意見さ」=永田新警保局長の見た文芸取締(大正5年/1916年10月13日)、「文壇一方の権威漱石氏胃潰瘍にて死す 享年実に五十歳」(同年12月10日)、「漱石氏の葬儀」(同年12月13日)、「神近市子法廷に立つ」(大正6年/1917年2月20日)、「其の日其の日 閨秀文壇唯一の翻訳家―松村みね子夫人」(同年3月10日)、「二青年詩人溺死す 銚子君ヶ浜にて遊泳中に 早稲田大学出身の三富朽葉と今井白葉氏」(同年8月4日)、「夏目漱石氏令嬢の結婚 新郎は漱石門下生なる新進作家松岡譲氏」(大正7年/1918年4月12日)、「松井須磨子縊死す」(大正8年/1919年1月6日)……などなどです。

 社会部記者でありながら、ある種、文芸記者の役目も果たしていた、といっていいでしょう。

 どうもその出自が、その後の菊池さんの言動からはチラチラうかがえます。作家となって『文藝春秋』をつくったあとも、新聞各紙が自分や雑誌のことをどう取り上げるか、やたらと気にしつづけたことなどは、そのひとつです。

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2022年2月 6日 (日)

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 昭和8年/1933年ごろ、直木三十五さんはぜえぜえあえいでいました。体調不良です。人気作家のまわりには編集者が寄ってきて、鼻の下を伸ばしながらおべっかを使う、というのはステレオタイプな文壇像ですけど、直木さんの場合、そこに何人かの新聞記者も加わります。

 そんな文芸記者として、うちのブログでは、笹本寅さん(時事新報)片岡貢さん(報知新聞)河辺確治さん(読売新聞)の3人について触れました。今週は、彼らと徒党を組んで若き日の情熱を燃やしていた4人目の記者、『東京朝日新聞』の新延修三さんを取り上げます。

 新延さんの特徴とは何か。先に挙げた3人と大きく違うのはどこか。それは、途中で記者をやめずに、退職後、自分が出会った作家のことを回想のかたちで書き残したことです。

 その一冊に『朝日新聞の作家たち』(昭和48年/1978年10月・波書房刊、医事薬業新報社発売)があります。交流の深かった人からそこまででもなかった人まで、64人の作家の姿を、ちょっとした私的なエピソードをまじえながら綴られたものです。新延さん自身が昭和3年/1928年の入社組でもあり、古い人ではあるので、取り上げられている作家も「直木賞ができる以前から書いていた人」が多く、直木賞の受賞・落選にまつわる話題はあまり出てきません。

 となると、いちばんの注目は、直木三十五さんとのエピソードでしょう。

 「直木三十五は、僕の好きな作家の一人だった。」から始まる新延さんの回想は、直木さんに対する敬愛の情がたしかに滲んでいます。ただ、直木さんが死んで40年近く経っていますし、冷静に思い出を語っている反面、なんだか淡々とした筆致だな、という感は否めません。そりゃそうです。昭和9年/1934年当時、新延さんはまだ入社6年目の20代後半で、それから戦争があり、戦後の動乱があり、たくさんの作家と出会って、これを書いている新延さんはもう70歳をすぎています。淡々もするでしょう。

 ということで、ここでは直木さんの人柄に影響されて、まだまだ若かった20代の頃の、新延さんの文章を参照しておきます。書かれたエピソードは、作家と担当記者という間柄を超えた付き合いがあったこと、いやがる直木さんを説き伏せて病院を探して入院させたのが新延さんだったこと、直木さんの入院中に、新延さん自身の娘、千鶴子さんがちょうど同じ結核性網膜炎で入院し、4歳で亡くなったこと、などなど、おおむね同じなんですが、やはり熱量が違います。

「僕からしてみれば、直木さんの「風格」に、「風格ある文学」に、急速度に傾いて行き、原稿の交渉、取引きもさることながら、それを口実に、ヂカに、直木さんに触れる機会を、一回でも多く、そしてまた、一時間でも、永くと望んだことである。商売柄、数多くの文人諸氏に接する僕ではあるが、かういふことは正直のところ、菊池寛氏の外は、直木さんあるのみである。そして幸ひ、直木さんの知遇を辱うしたいと、僕は思うてゐる。」(『衆文』昭和9年/1934年4月号 新延修三「直木さんの弱音」より)

 この思い入れの強さたるや。新聞報道に携わるものとして、そこまで一人の作家に傾倒するか、というぐらいの気迫があります。まあ、どの作家にも風見鶏のようにイイ顔を向けるような八方美人の記者よりは、こういう感じで気の合った人間にとことん入れ込む人のほうが、直木さんの気に入ったのかもしれません。

 それで、ここで名前の出てくる菊池寛さんも、『朝日新聞の作家たち』では一章割かれています。読んでみると、こちらも若武者ニイノベ、流行作家だから何なんだ、といった感じで果敢に作家にぶつかっていく遠慮のなさが、菊池さんにも愛されたらしいです。うちの近所に空き家ができた、足りないならおれが少し出してやるからそこに越してこないか、と誘いも受けたとか。相当、気に入られています。

 あるいは、菊池さんが賭け麻雀のことで新聞の社会面に取り上げられたときのことも、新延さんは回想しています。それこそ40年もまえのことなので、新延さんの記憶もどこまで正確なのか、かなり疑問の残るところではありますが、菊池さんが「おたくの朝日新聞はまったくけしからん、小説を書かせておきながら、あんなことでおれを罪人のように書き立てるんだから」と猛烈に怒った……という部分は、たしかに菊池さん自身もそんなことを書いていますし、じっさいに新延さんも経験したんでしょう。

 しかし、残念ながら、そこに直木賞・芥川賞の第一回発表が『朝日』だけ載らなかった、という直木賞七不思議のひとつについては言及がありません。昭和10年/1935年、新延さんは学芸部だったはずで、しかも菊池さんとはこれほど物を言い合える仲だったのに。どうして他の新聞は全社掲載したのに『朝日』だけ載せなかったのか。……謎です。

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2022年1月30日 (日)

木野工(北海タイムス)。人が受賞したときの予定稿を書き、自分もまた予定稿を書かれた候補者。

 直木賞を調べていくと、多いようで少ないのが、文芸記者出身の候補者です。

 いやまあ、少ないのが当たり前だろ、という気はします。いまや文芸担当の新聞記者が作家になる、という例はほとんどありませんし、そういうイメージが活きていたのは、おそらく昭和の前半、昭和30年代ごろまでじゃないでしょうか。その後、経済成長にひっぱられて出版文化も大繁栄、文筆とは無縁な職業の人たちにも作家デビューのルートができていきます。いっぽうでは新聞社の「おれたち一流企業だぜ」感もぐんぐんと伸びていき、創作とは別の興味をもつ学生たちが大量に新聞社に採用されるようになった結果、文芸記者から作家になる道はみるみる涸れ果てた、というわけです。

 なので、直木賞の候補者で文芸記者の経験者を探すと、どうしても昔の人になってしまいます。今回の木野工さんも、大正9年/1920年生まれ。正真正銘、昔の人です。

 昔の人なので(……ってクドいですね、すみません)、大衆文芸を書いてやろう、なんて気はほとんどなかったと思います。親から泣く泣く頼まれて、大学は工学専攻に進みましたが、ふつふつと湧き上がる文学熱が抑えられず、夏目漱石とか寺田寅彦、芥川龍之介あたりを読み漁る、カンゼンなるキモい文学青年になってしまい、大学一年のときに短編「雪国」を三笠書房の『文庫』懸賞小説に応募して、入選したりします。戦後になって本格的に創作に打ち込みはじめ、新聞記者として働くかたわら、昭和24年/1949年に旭川の同人誌『冬濤』に参加、昭和27年/1952年に同誌の編集責任者となってからは、世の「文芸同人雑誌拡張時代」に乗って、がぜん注目される存在となった……ということは、以前『冬濤』と直木賞のことを書いたエントリーでも触れました。

 木野さんが初めて芥川賞の候補になったのが第30回(昭和28年/1953年・下半期)、いわゆる石原慎太郎ショックがやってくる前の時代から、第36回(昭和31年/1956年・下半期)、第44回(昭和35年/1960年・下半期)、第46回(昭和36年/1961年・下半期)とコンスタントに候補になったあと、第47回(昭和37年/1962年・上半期)ではなぜか突然、直木賞のほうの候補に入り、第66回(昭和46年/1971年・下半期)までおよそ20年弱。両賞を見る世間の目が、急激に右肩あがりでキラッキラ光りつづけたこの時代に、木野さんは「万年候補」をやりつづけました。

 と同時に貴重なのは、木野さんがこの二つの賞を報道する立場でもあったことです。

 直木賞のまわりを見ていて感じるのは、賞の場面で浮かれているのは、おおよそ出版社とか本屋の人です。一般の読書好きな人たちも、そっちに入るかもしれません(ワタクシもそうです)。対して冷静なのは、主催している人たちや、候補になった(あるいは受賞した)作家の人たち。そして、新聞を中心とする記者たちです。

 しかも記者たちは、冷静な顔をして盛り上げに加担しようとしています。自分は姿を見せずに、淡々と取材して、世の中を踊らせる。傍から見ていると、やっぱ彼らがいちばん怖いです。

 木野さんは第66回の直木賞で候補になって落ちたとき、自身の働く『北海タイムス』の連載エッセイで、そのことに触れました。ジャーナリストとして文芸を記事にすることもある人間が、注目される対象の側にまわっての心境を書いています。以下は、木野さんが「紙の裏」で芥川賞の候補になった3度目のときのことだそうです。

「ほかの賞には事後通知だけなのに、主催者の商略が実に巧みなため、ジャーナリズムがこの両賞だけは新聞の社会面(本来は学芸、文化などの面にほんの小さなニュースとして載るべきものなのだろうが)に相当のスペースをさき、写真もつく。だから、予定記事の事前取材に各社から手紙が来たり、電話が来たり、学芸記者の来訪を受けたりもする。さらにラジオが取材に来る。テレビは『もし、きまったら』と出演時間と番組の打ち合わせまでしに来てくれる。これで平然としていられたら余程の大人物である。」(平成6年/1994年10月・南風社刊、木野工・著『東京風信』所収「『失神の告白』」より)

 これが落ちて、それからあとの機会ではあまり胸さわぎも起きず、選考会の当日は麻雀を打ちながら悠々と待っていた、と続けています。

 木野さんが他の候補と違うのは、別の回では、自分が候補者を取材して、相手の感情を波立たせる身でもあったことでしょう。

「新喜楽という料亭の記者だまりにも行ったことがあるし、私自身が沢田誠一氏の時など予定稿をすべて用意した。また、総選挙では開票前にセンセイ諸公にはすべてバンザイの写真と『当選の抱負』なども書かせたりした。自分でそんなことをやっていても、『紙の裏』の時は『失神』した。どうもオマツリ化したこの両賞の季節、健康には甚だよろしくない。」(同上)

 甚だよろしくないのなら、やめればいいのに。けっきょくこうして流してしまうところが、長年記者としておマンマを食ってきた木野さんの限界かもしれません。いや、やめればいいとわかっているけど、心情的に悪の道から引き返せない、人間のもつ哀しみが表れている、とも読み取れます。

 すべて世のなかのことは、論理的に白黒をつけて動くものなど何もない。直木賞のまわりで、候補者たちに過剰な負担を強いる報道合戦もまた、だれかが候補中の取材を苦にして自殺するとか、そういうオオゴトにならないと、このままズルズル続いていくんでしょう。候補者と取材記者、両方を経験した木野さんがやめられなかったことです。この麻薬を絶つのは、なかなか難しいのだな、と思います。

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2022年1月23日 (日)

川村律文(読売新聞)。最近5年間で最も多く、受賞者会見で質問マイクを握った人。

 こないだ第166回(令和3年/2021年・下半期)直木賞の受賞記者会見がありました。

 第144回(平成22年/2010年・下半期)の芥川賞をとった西村賢太さんによる、伝説の「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」会見が、およそ10年前。その回からニコニコ動画(ニコニコ生放送)で、直木賞の受賞者会見がナマで中継されるようになり、第152回(平成26年/2014年・下半期)からはYahoo!ニュースのTHE PAGEでも同様に、生中継が始まります。

 これらネット中継の功績は、いろいろとあるとは思います。なかで、ひとつ確実に挙げなくちゃいけないのは、両賞のまわりにひっついてン十年を数える「文芸記者」と呼ばれる人たちを、公衆の面前に引き出したことです。おそらくそのために生中継が始まったわけじゃありませんが、副産物としてはかなりの儲けものでしょう。

 直木賞という舞台の、第一の構成員が作家、第二が出版社の人たちだとすると、第三はメディアの記者たちです。それなのに、いったいどんな人が取材して切り取って報道しているのか、文芸記者の顔はなかなか観衆の目に見えません。ネットの生中継が始まったことで、チラチラッと映る質問者の影と、その声を聞くことができ、ほんとに生身の人間がまわりで直木賞を支えてきたのか! ということが実感としてわかるようになりました。

 ただ、映像だと、どうしてもカメラは受賞者のほうを中心にとらえてしまって、会見で質問する記者たちにフォーカスしてくれません。あそこで質問している人がいる。だけど、具体的にどんな姿かたちの人なのか、よくわからない。何年か前からワタクシも可能であれば受賞会見場に足を運びはじめましたが、その最大の理由は、質問する記者たちの生身の姿をどうしても間近で見たかったからです。コロナ禍が始まってしまい、ここしばらく自粛して行けていませんけど、またこの状況が改善したら、「受賞者に質問を投げかける文芸記者」を見るために、あの場に行けたらいいなと思います。

 とまあ、文芸記者、文芸記者と言っていますが、彼らもひとりひとり実体を伴う別々の人間です。受賞会見ではかならず、数名の文芸記者が質問をする。じゃあ、いったいどこの何という人が質問しているのか、直木賞オタクとしては当然気になります。

 今度の第166回までのほんの5年間(10回分)だけですが、直木賞受賞者に会見で質問した人たちをリスト化してみました。これで、いま現在のリアルタイムな「直木賞に縁ぶかい文芸記者」が誰なのか、おのずと浮かび上がってきます。

回・年度 受賞者 質問記者 受賞者 質問記者
第157回
平成29年/2017年
上半期
佐藤正午 読売新聞・川村川村律文 読売新聞・川村(再)川村律文
西日本新聞・小川小川祥平 読売新聞・鵜飼鵜飼哲夫
朝日新聞・中村中村真理子 朝日新聞・高津高津祐典
毎日新聞・内藤内藤麻里子
第158回
平成29年/2017年
下半期
門井慶喜 読売新聞・川村川村律文 朝日新聞・吉村吉村千彰
読売新聞・鵜飼鵜飼哲夫 朝日新聞・渡[ワタリ]渡義人
毎日新聞・内藤内藤麻里子 共同通信・森原森原龍介
第159回
平成30年/2018年
上半期
島本理生 日本テレビ(ZIP)・平松平松修造 日本経済新聞・郷原郷原信之
読売新聞・川村川村律文 ニコニコ動画・高橋
→質問者:東京都30代
高橋薫
毎日新聞・内藤内藤麻里子 読売新聞・鵜飼鵜飼哲夫
共同通信・田村田村文
第160回
平成30年/2018年
下半期
真藤順丈 毎日新聞・内藤内藤麻里子 共同通信・森原森原龍介
読売新聞・川村川村律文 テレビ朝日・ナガノ
朝日新聞・宮田宮田裕介 読売新聞・鵜飼鵜飼哲夫
東京新聞・樋口樋口薫
第161回
平成31年・
令和1年/2019年
上半期
大島真寿美 テレビ朝日・シマダ 中日新聞・松崎松崎晃子
読売新聞・十時[トトキ]十時武士 日本経済新聞・ヤマカワ
毎日新聞・内藤内藤麻里子 朝日新聞・宮田宮田裕介
NHK・カワイ 共同通信・瀬木瀬木広哉
読売新聞・鵜飼鵜飼哲夫 読売新聞・村田村田雅幸
ニコニコ動画・高畑
→質問者:富山県40代女性
高畑鍬名
第162回
令和1年/2019年
下半期
川越宗一 西日本新聞・一瀬[イチノセ]一瀬圭司 読売新聞・池田池田創
毎日新聞・須藤須藤唯哉 朝日新聞・山崎山崎聡
北海道新聞・大原大原智也 報知新聞・北野北野新太
日本経済新聞・ムラカミ ニコニコ動画・高畑
→質問者:富山県30代男性
高畑鍬名
第163回
令和2年/2020年
上半期
馳星周 北海道新聞・大原大原智也 日本経済新聞・マエダ
西日本新聞・平原[ヒラバル]平原奈央子 読売新聞・十時[トトキ]十時武士
朝日新聞・興野[キョウノ]興野優平 報知新聞・中村中村健吾
第164回
令和2年/2020年
下半期
西條奈加 共同通信・瀬木瀬木広哉 読売新聞・池田池田創
日本経済新聞・マエダ 産経新聞・海老沢海老沢類
北海道新聞・大原大原智也 ニコニコ動画・高畑
→質問者:富山県40代女性
高畑鍬名
第165回
令和3年/2021年
上半期
佐藤究 西日本新聞・平原[ヒラバル]平原奈央子 澤田瞳子 読売新聞・川村川村律文
朝日新聞・興野[キョウノ]興野優平 ニコニコ動画・高畑
→質問者:東京都40代女性
高畑鍬名
産経新聞・海老沢海老沢類 朝日新聞・上原上原佳久
ニコニコ動画・高畑
→質問者:富山県30代男性
高畑鍬名 毎日新聞・須藤須藤唯哉
共同通信・瀬木瀬木広哉
第166回
令和3年/2021年
下半期
今村翔吾 読売新聞・川村川村律文 米澤穂信 ニコニコ動画・高畑
→質問者:愛知県20代女性
→質問者:東京都30代男性
高畑鍬名
中日新聞・谷口谷口大河 共同通信・鈴木鈴木沙巴良
山形新聞・木村木村友香理 岐阜新聞・井上井上吉博
共同通信・平川平川翔 西日本新聞・佐々木佐々木直樹
富山新聞・?

 記者のフルネームは、ワタクシが勝手に類推して補完したものなので、間違っているかもしれません。誤りがあったら、ごめんなさい。

 ということで、最近5年にかぎって見ると、会見を司会する日本文学振興会の人にたくさん指され、最も多くの質問を放った記者は(ニコニコ動画担当を除けば)、読売新聞・川村律文さんだということがわかります。都合7回。直木賞の会見は川村さんのおかげで保たれてきた、と言っても過言ではないでしょう。……いや、過言でしょう。

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2022年1月19日 (水)

第166回直木賞(令和3年/2021年下半期)決定の夜に

 直木賞を長く見続けてきた人は、これまでもたくさんいたと思います。いまもいるでしょう。たぶん、そういう人にはわかってもらえると思うんですが、直木賞をずっと見ていると、どれが受賞するかなんて、どうでもよくなりますね。

 楽しいのは直木賞そのものであって、当落への興味は徐々に薄れていく。20数年、直木賞のサイトをやってきて、ようやくその気持ちがちょっとずつわかってきました。いまさらかい。

 という、しょーもない感想はこれぐらいにして、直木賞です。第166回(令和3年/2021年下半期)です。今日、令和4年/2022年1月19日の18時すぎ、都内で最多の陽性者が出たとか何とかワーワー言われている隅っこのほうで、2人の受賞者がうまれました。2回連続です。新型コロナウイルスが蔓延したことと、直木賞の受賞者が増えたことに、特別の関係はありません。あるはずがありません。

 受賞した2人のほかに、3人の作家たちがいたおかげで、今回もまた直木賞は楽しく面白い文学賞になりました。当落なんて、正直どうでもいいです。感謝の気持ちのほんの少しだけしか書けませんけど、候補になることを承諾してくれた5人の方々に、下手くそなりに御礼を書き残しておきます。

 実を言いますと、今回の候補作5冊を手にしたとき、その重みにウンザリする気分がありました。それをキレイさっぱり拭い去ってくれたのが、彩瀬まるさんです。『新しい星』の一作、よかったですねえ。賞のことも別に知らないし興味もない、でも何か新しい小説を読みたい、というような人がいたら、ワタクシなら彩瀬さんのこの作品を勧めると思います。いいじゃないですか、直木賞の受賞作じゃなくたって。普通の読者は、そういうこと気にしないですもん。こういう小説、これからもどんどん書いてほしいです。

 それで、ウンザリその1。あまりに世評が高すぎて手を出しづらい。逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』です。読めば絶対に「そんなに絶賛されるほどでもないな」と自分が思うことがわかっている。そんな自分の性格に、よけいに落ち込む。だから、評判の高すぎる作品は、そもそも読むのを敬遠してしまうんですけど、これが直木賞の候補作になってくれて助かりました。たしかに、面白いじゃん。逢坂さんのスタートに、一読者として立ち合えてありがたいです。今後は、逢坂さんの作品、敬遠せずに読んでいきます。直木賞の候補になるかどうかと関係なく。

 ウンザリその2。「現代医療の病巣」モノって、手垢がついていて読む気が起きない。柚月裕子さんの『ミカエルの鼓動』です。でも、いったん読み始めると手が止まらず、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。柚月さんの手腕、まじでナメてました。直木賞は、候補回数を積み重ねていくうちに選考委員の評価も変わる、と言われます。ただいま柚月さん2回目。まだまだこれからですね。こういう手腕の持ち主が、今後も候補になり得る余地を残しているのですから、直木賞の未来は明るいぜ。

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